
この記事でわかること
- 友達が0人になった経緯と、実際に困っていること
- 一人で過ごすことが好きな自分の人付き合い
- 「友達はいらない」という考え方と、社会とのつながりについて
今、自分には友達が一人もいない。
タモリさんや林修さんが「友達はいらない」という趣旨の発言をしているのを見聞きしたことがある。
岡田斗司夫さんも、自身のブログでお二人の発言を取り上げ、同じ友達不要論でも考え方には違いがあると解説していた。
実際、友達が0人でも生きていけるのだろうか。
自分は今のところ普通に生きている。ただ、本当に友達はいらないのかと聞かれると、少し考えてしまう。
気づけば友達が0人になっていた
もともと友達が多い方ではなかったけど、高校時代には一緒にカラオケへ行く人もいたし、大学生になってからも高校の同級生との付き合いが続いていた。
結局、社会人になっても付き合っていた友達はその一人だけだったと思う。
その友達との関係が終わったのはコロナ禍の頃。相手の職場での恋愛をめぐって、身に覚えのない疑いをかけられた。そもそも自分は、友達の勤務先すら知らなかった。
その後、療養中に女性との関係も終わり、気づけば友達が0人になっていた。
だからといって、積極的に友達を作ろうとは思わなかった。
一人は大好き。でも困ることもある
自分は一人で過ごすことが大好きだ。
映画も旅行も一人で楽しめるし、思いついたことをすぐに実行できる。特に旅行では、自分の予定に誰かを合わせたり、相手の都合を考えたりする必要がないのがいい。
一方で、行きたい飲食店があっても一人では入りづらかったり、外でお酒を飲みたくてもなかなか行けなかったりする。何となくライブのチケットを2枚買ってしまったときも困る。
それに、誰かと食事をしたり、話したりする機会が少ないので、ストレスもあまり発散できていない気がする。
一人が好きだからといって、何でも一人で楽しめるわけではない。
Twitterくらいの距離感がちょうどいい
自分にとって、人との交流で一番心地いいのはTwitterかもしれない。
誰かと毎日LINEでやり取りするより、自分が思ったことを好きなタイミングで投稿する方が気楽だ。
キャッチボールというより、勝手に壁当てをしている感覚。自分が投げたボールに、たまに誰かが反応してくれる。そのくらいの距離感が好きなのだと思う。
恋人がいれば満たされる部分もあると思うけど、誰でもいいわけではない。自分が本当に好きな人と一緒に過ごしたい。
だから、友達を増やすこと自体を目的に、人間関係を広げようとは思わない。
友達はいらなくても、仕事仲間は必要なのではないか
岡田斗司夫さんのブログを読んで、特に興味深かったのが林修さんの考え方だった。
岡田さんが紹介する林さんの友達論では、利害を超えて付き合う友達と、共通の目的に向かって協力する仕事仲間を区別している。
友達は必要なくても、一緒に仕事をして成果を出す仲間は必要だという考え方だ。
一方、タモリさんは友達の数が多いことと人生の豊かさを結びつける考えに疑問を示し、一人でいることで広がる可能性について語っている。
自分が着目したのは、林さんの話に近い。
友達が0人でも、仕事仲間がいて日常的に人と交流できるなら、それは社会から孤立しているわけではない。
今の自分も会社に勤めているので、毎日誰かと話している。職場の飲み会やイベントに参加すれば、友達と出かけなくても人と交流する時間を持てる。
でも、もしまた仕事を辞めてしまったらどうなるのだろう。
友達がいないうえに、会社という接点までなくなったら、人と話す機会がほとんどなくなるかもしれない。
療養していた時期を経験しているからこそ、そこには不安がある。
一人でいることは好きだけど、社会から孤立したいわけではない。
友達0人、それでも生きてる。
今のところ、積極的に友達が欲しいとは思っていない。
一人で好きなことを楽しめる生活は気に入っているし、友達がいないことで日常生活に大きな支障があるわけでもない。
ただ、友達がいないことで楽しめないこともあるし、人との交流が減ることでストレスをため込んでいる可能性もある。
岡田さんも、友達が必要かどうかは一律に断言できず、人によって必要な関係は異なるという考えを示している。
自分も、無理に友達を作る必要はないと思う。
友達が0人でも生きていける。でも、人とのつながりまで0になっていいわけではない。
自分が必要としているのは、友達という肩書きよりも、人と関わる機会なのかもしれない。
友達0人。それでも、今日も普通に生きている。


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