鑑賞日:2021年2月1日
鑑賞環境:映画館

この記事でわかること
- 『花束みたいな恋をした』を名作だと感じた理由
- 何気ない会話や音楽から見えてくる二人の変化
- 楽しかったファミレスが別れの場所になる切なさ
🐷 ブッヒー評価
総合:4.8 / 5
内容:4.5 / 5
音楽:5.0 / 5
構成:5.0 / 5
※この記事はネタバレを含みます。
何気ない日常から始まる恋
『花束みたいな恋をした』は、終電を逃したことをきっかけに出会った麦と絹の恋愛を描いた作品。好きなものが似ていて、会話が弾み、一緒にいることが楽しい。最初の二人は、好きでいる理由をわざわざ説明する必要もないほど、自然に惹かれ合っていたように見えた。
この作品の好きなところは、恋愛の始まりにも終わりにも、大げさな出来事を必要としないことだ。何気ない会話や一緒に過ごす時間を積み重ねることで二人の距離が近づき、その日常が続くうちに、今度は少しずつ違う方向を向き始める。その変化を映像で見せていく構成が非常に心地よかった。
同じものを好きだった二人が、少しずつすれ違っていく
二人の関係が変わっていく様子は、誰か一人に問題があって突然壊れるような描かれ方ではない。同じ言葉を交わしていても、そこに込める意味や受け取り方が少しずつ違ってくる。その小さな差が、時間の経過とともに二人の距離になっていく。
どちらが悪かったのか、どちらに共感できるのかという目線では、あまり観ていなかった。自分にとっては、好きだった二人が別れに向かう過程を、一本の恋愛映画として純粋に楽しめることが大きかった。
坂元裕二の脚本は、こうした何気ない会話が印象に残る。特別な愛の言葉ではなく、好きなものについて話したり、相手の言葉に反応したりする日常のやり取りから、二人の関係性が伝わってくるところがいい。
イヤホンを分け合っていた二人
音楽も、この映画を好きな大きな理由のひとつだ。主題歌が良かったのはもちろん、イヤホンを片方ずつ分け合って好きなアーティストの曲を聴く場面も印象に残っている。
片方ずつ分け合えば同じ曲を聴けるけれど、ステレオの左右からは必ずしも同じ音が鳴っているわけではない。劇中でそんなことを指摘されるやり取りも面白かったし、最初は同じものを好きだった二人の感覚が、少しずつ違っていく物語にも重なるように感じる。
二人で同じものを楽しんでいた何気ない時間を知っているからこそ、その後のすれ違いが切なくなる。音楽が単に場面を盛り上げるだけでなく、二人の関係と結びついているところも好きだった。
楽しかったファミレスが、最後の場所になる
そして、二人にとって楽しい思い出のあったファミレスが、最後には別れを話す場所になるのも切なかった。
場所は同じなのに、そこにいる二人の関係はもう以前とは違う。最初の頃のように好きなものの話で盛り上がり、何気ない時間を楽しんでいた二人を観てきたからこそ、最後のファミレスが余計に響いたのだと思う。
どちらか一方が悪いから別れるというより、一緒に過ごした時間の中で少しずつ変わってしまった二人が、かつて楽しかった場所で別れを迎える。その描き方が見事だった。
恋愛の始まりから終わりまでを描いた名作
『花束みたいな恋をした』は、出会いが良かったから好きな映画なのでも、別れが悲しかったから印象に残った映画なのでもない。理由なく愛し合っていたような二人が、日常を重ねるうちに少しずつすれ違い、別れに向かっていく。その一連の流れが、一本の映画として見事だった。
別れは切ないけれど、そこへ至るまでの会話や映像の積み重ねが非常に心地よく、音楽も含めて最後まで楽しめた。楽しかった時間が確かにあったからこそ、終わってしまうことが切ない。 恋愛の始まりだけでなく、終わりまでの時間そのものを描いた名作だと思う。


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