『青春18×2 君へと続く道』|ブッヒーの映画感想

映画

鑑賞日:2024年5月31日
鑑賞環境:映画館


この記事でわかること
  • 『青春18×2 君へと続く道』を観て大号泣した理由
  • 成功しても満たされないジミーの人生について感じたこと
  • 食事や雪景色、ランタン、『Love Letter』に込められた対比

🐷 ブッヒー評価

総合:5.0 / 5
内容:5.0 / 5
音楽:5.0 / 5
構成:5.0 / 5

※この記事はネタバレを含みます。

成功って、なんだろう

『青春18×2 君へと続く道』を観て、一番残ったのは恋愛そのものよりも、「成功ってなんだろう」という感覚だった。

36歳になったジミーは、18歳の頃とは比べものにならないほど社会的には成功している。それでも、冒頭の会食ではどこかつまらなそうで、満たされているようには見えない。

一方、18歳のジミーは何者でもない。アミや仲間たちと過ごし、笑い、食卓を囲んでいる。社会的な成功だけを見れば36歳のジミーの方がずっと上にいるのに、18歳の頃の方がずっと生き生きして見えた。

この対比を見ているうちに、「成功すること」と「満たされること」は同じではないんだと思わされた。

どれだけ頑張っても、変えられないものがある

ジミーは、アミとの約束を胸に夢を追い、がむしゃらに前へ進んでいく。

でも、この物語の切なさは、ジミーが成功してもアミと再会できなかったことだけではない。もっと根本には、何をしてもアミの病気そのものを変えることはできなかったという現実がある。

しかも、そのことを知っているのはアミだけで、ジミーは何も知らない。アミにはジミーへの気持ちがありながら、自分の先にあるものを分かっているからこそ、近づきすぎないよう距離を作っていたように見えた。

ジミーからすれば、その距離の理由は分からない。だからこそ、二人の気持ちは確かにあるのに、同じ未来を見ているわけではない。

もしあのときジミーがすべての思いを伝えていたとしても、アミの病気が治るわけではなかった。気持ちが通じればすべて解決する恋愛ではなく、好きでも、努力しても、どうにもできないことがある。その大前提がずっと二人の間にあったことが、この映画で一番切なかった。

人を満たすものとは

この映画で、個人的に一番象徴的だったのが食事のシーンだった。

36歳のジミーは、冒頭の会食でどこかつまらなそうに食事をしている。社会的には成功しているのに、そこに楽しさや満たされている感じがない。

一方、18歳の頃にアミや仲間たちと囲む食卓では、本当においしそうに食べている。

何を食べているかではなく、誰と、どんな気持ちで食べているか。

何者でもなかった18歳の方が、成功した36歳よりもずっと生き生きして見える。この食事の対比だけで、「人を満たすものとは何か」を考えさせられた。

台湾の暖かい映像と、日本の静かな雪景色の対比も印象的だった。18歳の頃には人の温度があり、36歳の旅には一人で過去をたどる寂しさがある。映像そのものが、過去と現在の距離を見せていたように思う。

『Love Letter』を観た二人が、18年後その物語を生きる

劇中でジミーとアミが『Love Letter』を観る場面も印象に残っている。

私はその後に『Love Letter』を観たことで、この作品とのつながりをより強く感じるようになった。亡くなった大切な人の記憶をたどり、自分の知らなかった思いに触れていく構造や、雪景色、手紙といった要素には、明確なオマージュを感じる。

18歳のジミーは、アミと一緒に『Love Letter』を観ていた。そして18年後、今度は自分自身が、亡くなった大切な人の記憶を追う旅をすることになる。

この重なりに気づくと、映画全体がさらに切なく見えてくる。

ランタンは、未来への願いではなくお別れだった

18歳の二人にとって、ランタンは未来へ願いを託すものだった。いつかまた会うこと、そのためにそれぞれが夢を叶えること。あのときは、まだ二人の先に未来があるように見えていた。

でも36歳になったジミーが向き合うランタンは、もう同じ意味ではない。アミに会いに来て、彼女が過ごした時間を知り、18年間抱えてきた記憶とようやく向き合う。

私には、あのランタンがお別れに見えた。ただし、アミを忘れるためのお別れではない。ずっと追い続けてきた記憶を、ようやく自分の中で過去として受け入れるためのお別れだったと思う。

ジミーは18年間、アミとの約束を抱えながら、がむしゃらに走り続けてきた。その人生は、どこかずっとアミに背中を押されていたようにも見える。

最後にきちんとお別れをしたことで、走り続けるしかなかった人生から少し解放され、ようやく自分の足で歩き始められる。そんな場面に感じた。

音楽にずっと背中を押されていた

音楽は5.0。

Mr.Childrenの主題歌「記憶の旅人」だけではなく、劇中の音楽そのものがずっと物語の背中を押していたように感じた。二人でイヤホンを分けて音楽を聴く場面も印象的で、音楽が単なるBGMではなく、二人の距離や青春の記憶の一部として残っている。

そして最後に「記憶の旅人」が、この映画の余韻を受け止める。

桜井和寿は普段、映画主題歌であっても作品に寄り添いすぎず、楽曲単体で聴いても成立することを意識して制作していたという。一方で今回は、映画の一部として、その感動を引き立てる音楽を目指したという。

実際に映画を観ると、その考え方がよく分かる。映画を観終わったあとに曲が付いてくるというより、映画の記憶そのものの中に「記憶の旅人」が残る。この作品にとって、これ以上ない主題歌だったと思う。

療養中の自分と重なって、大号泣した

この映画を観たのは、2024年の療養中だった。当時の私は、自分の感情が以前のように動いているのかさえ、どこか分からなくなっていた。

そんな時期にこの映画を観て、大号泣した。今振り返ると、あのとき自分の感情が戻ってきたんだと思う。

その後、私自身にもいろいろなことがあった。今の自分も、もしかすると叶わない思いをどこかで追いかけ続けているのかもしれない。

だからこそ、ジミーが18年間抱えてきたものや、最後に記憶とお別れをする姿が、自分自身と重なった。

成功しても、取り戻せないものはある

『青春18×2 君へと続く道』は、私にとって直近で観た映画の中では一番好きな作品になった。

恋愛映画として泣いたというだけではない。成功しても埋まらないものがあること、頑張っても変えられないものがあること、それでも人は過去と向き合い、いつか自分の人生を歩き始めなければならないこと。

ジミーの18年間を見ながら、自分の人生についても考えさせられた。

成功って、なんだろう。

今でもこの映画を思い出すと、その問いが残っている。

コメント

タイトルとURLをコピーしました