今を生きる #1|2年前、病んでいたあの日。

ブッヒー

これまでの「今を生きる」シリーズはこちら

2年前、私は病んでいた。

ただ、当時の自分には「病んでいる」という自覚があまりなかった。今振り返れば、少しずつ身体にも気持ちにも異変は出ていたし、もっと早く休むという選択肢もあったと思う。でも、そのときの自分は、まさかこのあと立ち上がることすらできなくなるとは思っていなかった。

今回は、そんな自分が病んでいく少し前の話から書いてみようと思う。

この記事でわかること
  • 7年以上続けた仕事に感じていたやりがい
  • 体制変更によって業務負荷が圧倒的に増えていった経緯
  • なぜ「休む」ではなく「辞める」という選択をしたのか

7年以上働いた会社

当時、私はある大手企業のグループ会社で働いていた。

入社したのは2016年8月。最初はアルバイトとしての入社で、そこから登用試験を受け、2020年4月に社員になった。アルバイトから社員になるまで約4年、仕事を続ける中で少しずつできることも増えていき、社員になれたことは当時の自分にとって一つのキャリアアップだったと思う。

ただ、社員になった2020年は、ちょうど世の中がコロナ禍に入った時期でもあった。働く環境も大きく変わり、今振り返れば、この頃から少なからずストレスはあったと思う。

そして、社員になったことで勤務時間も大きく変わった。アルバイト時代は基本的に14時から22時までの遅番勤務で、長い間その生活リズムで働いていた。それが社員になってからは8時から16時までの早番と遅番が混ざるようになり、2021年には月に4日ほどスポットで深夜勤務にも入っていた。

早番の日もあれば遅番の日もあり、そこに深夜勤務まで入る。今振り返れば、決して身体に優しい生活ではなかったと思う。

それでも、この仕事を辞めようとは思わなかった。

それでも、仕事は好きだった

大変なことはあったけれど、仕事そのものにはやりがいを感じていた。

大きな組織の中で、お客様のために何ができるのかを考えて、現場で課題を見つければ改善案を出し、それを実行する。そして、また新しい課題が出てくれば解決策を考える。自分が考えたことで仕事のやり方が変わったり、それが自分だけではなく周りにも広がっていったりする、そのサイクルが自分には合っていた。

何より、お客様のために仕事を改善していくことに面白さを感じていた。

だから、勤務時間が不規則になっても、社員としての責任が増えても仕事を続けることができていたんだと思う。

アルバイトとして入社してから何年も働き、社員になって、少しずつ任されることも増えていった。そして私は、管理側に近いサブチームリーダーという役割を任されるようになった。

自分としては、それもこれまで働いてきたことの延長線上にある、一つのキャリアアップだと思っていた。

働き始めて7年目、そして管理側について2年目。ここで状況が大きく変わった。

体制変更による業務負荷の圧倒的な増加

具体的な業務内容についてはここでは伏せるが、当時の職場はいくつかのチームに分かれていて、それぞれが決められた業務を担当していた。他のチームが大きく2種類の業務を担当していたのに対して、私のチームだけはそこにさらに複数の業務が加わり、担当する範囲が一気に広がった。

さらに、他のチームには7年、8年と働き、現場をよく理解している社員がいた一方で、私のチームは経験の浅い社員が中心だった。業務の種類が増えた状態で、通常業務と自分自身の仕事を進めながら、スタッフからの問い合わせや判断、フォロー、育成にも対応する必要があり、体制変更を境に自分の業務負荷は圧倒的に増えていった。

それでも当時は、長く働いてきた会社だったこともあり、「自分がどうにかしないと」という気持ちの方が強かった。仕事そのものにはやりがいを感じていたし、任された以上、この状況を少しでも良くしたいと思っていた。

育成にかかる負担を減らすために研修を動画化することを提案し、その案は実際に採用され、最終的には自分のチームだけではなくセンター全体へ展開されることになった。限られた人数でも現場を回せるように、自分なりに考えて、どうにか改善しようと前向きに取り組んでいた。

でも、そんな状態を続けるうちに、段々と無気力を感じるようになり、仕事に対する気持ちは少しずつ萎んでいった。それまでなら「どうすれば良くなるだろう」と考えられていたことに対しても、徐々に気持ちが向かなくなっていった。

仕事を投げ出したわけではない。毎日仕事に行き、目の前の業務をこなしながら、どうにか現場を良くしようとしていた。

ただ、自分でも気づかないところで、少しずつ限界に近づいていた。

「休む」のではなく、「辞める」を選んだ

この頃から、睡眠にも異変が出始めた。

特に朝早く目が覚めることが増えていたが、当時はそれを精神的な不調だとは思っていなかった。社員になってから早番と遅番が混ざる生活をしていて、過去には深夜勤務も経験していたので、単純に生活リズムがおかしくなっているだけだろうと考えていた。

仕事には行けていたし、行けば仕事もできる。ただ、以前のような気持ちはなくなっていた。

そんな中、自分が尊敬していた先輩が会社を辞めた。自分より上の立場で仕事もできる人だったので、その人が辞めていくのを見たことも重なり、「ここにいても希望がない」と考えるようになった。

そして6月、私は上司に退職したいと伝えた。

今振り返って特に大きな異変だったと思うのは、この時点で転職先が決まっていなかったどころか、転職活動すら始めていなかったことだ。

次にやりたい仕事があったわけでも、行きたい会社があったわけでもない。求人を探して転職活動を進め、その結果として今の会社を辞めると決めたわけでもなかった。

何も決まっていないのに、退職することだけを先に決めた。

7年以上働き、アルバイトから社員にもなった会社だった。それまでの自分なら、まず次の仕事を探して、ある程度先の見通しを立ててから退職を考えていたと思う。でも、このときは違った。次に何をするのかより、とにかく今の環境から離れたいという気持ちの方が強かった。

当時の自分は、それを「転職したい」という気持ちだと思っていた。でも今になって振り返ると、転職したかったというより、もう限界に近づいていたんだと思う。

それなのに、自分の中には「一度休む」という選択肢がなかった。病院へ行って相談することも、仕事から一度離れて休職することも考えず、7年以上働いてきた会社を辞めるという大きな決断を先にしてしまった。

今振り返れば、この判断そのものが、自分の状態がおかしくなっていることを示す大きなサインだったのかもしれない。

それでも、退職を申し出たからといって仕事を投げ出すことはなく、その後も変わらず仕事を続けた。

そして退職を申し出たあと、私は別拠点で予定されていた研修へ向かうことになる。その日の朝、自分の状態はさらにおかしくなっていた。

今を生きる #2へ続く。

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