2024年 病んでる時に踊る大捜査線に救われた

ブッヒー

これまでの「今を生きる」シリーズはこちら

「今を生きる。」シリーズでは、私が病んで倒れてから、再び仕事へ復帰するまでの出来事を時系列で書いている。

2026年9月18日、ついに『踊る大捜査線』の新作映画『踊る大捜査線 N.E.W. メトロポリスを駆け抜けろ!』が劇場公開される。

その日が近づく中で、私は2024年のことを思い出していた。

当時は症状がひどく、音楽を無理やり聴いても、知っているはずの曲の歌詞を追えなかった。聞いたことがあるのに、何の曲なのか分からない。そんな不思議な状態になっていた。

ほとんど動けない自分を無理やり外へ連れ出し、散歩をしながらYouTube Musicを流していたとき、たまたま「Love Somebody」が流れてきた。

ほかの曲は頭へ入ってこなかったのに、この曲だけは、ちゃんと曲として聴こえた。

そして同じ2024年、『踊る大捜査線』シリーズが再始動し、『室井慎次 敗れざる者』と『室井慎次 生き続ける者』が劇場公開されることを知った。

何も楽しみがなかった私にとって、その映画を観に行くことは、社会へ戻るための目標になった。少なくとも、映画館へ行けるくらいまで回復したい。公開日まで生きて、その作品を観たいと思えた。

今回は、何も楽しめなくなっていた私が、『踊る大捜査線』によって少し先の未来を見られるようになった話を書きたい。

ブッヒー
この記事でわかること
  • 知っている曲さえ、曲として聴こえなくなったときのこと
  • その中で「Love Somebody」だけは聴こえたこと
  • 『踊る大捜査線』の再始動が、社会復帰と生きるための目標になったこと

知っている曲なのに聴こえなかった

2024年3月、私は働けなくなった。

何もする気になれず、音楽を流しても、それが何の曲なのか分からなかった。

初めて聴く曲というわけではない。聞き覚えがあり、今なら自然と歌詞を追えるような曲でも、当時は頭の中に入ってこなかった。

耳には音が届いている。それでも、曲としては聴こえてこない。

自分でもうまく説明できない、不思議な感覚だった。

4月頃、ほとんど動けない自分をなんとか外へ連れ出し、無理やり散歩をしていた。歩いている間は、YouTube Musicに選曲を任せて音楽を流していた。

音楽を楽しみたかったというより、少しでも何かをしなければと思っていたのかもしれない。

「Love Somebody」だけは聴こえた

YouTube Musicが自動で流した曲の中に、織田裕二の「Love Somebody」があった。

ほかの曲は、聞いたことがあるのに歌詞を追えず、何の曲なのかも分からなかった。それなのに、この曲だけはちゃんと聴こえた。

「ああ、この曲だ」

久しぶりに、懐かしいという感情が出てきた。

私は『踊る大捜査線』の熱心なファンというわけではない。

「笑っていいとも!」が当たり前のようにお昼に放送されていたのと同じで、気づいた頃には『踊る大捜査線』があった。自然とテレビシリーズを観て、映画も観ていた。

だから「Love Somebody」も、自分が意識している以上に深いところへ残っていたのかもしれない。

曲が聴こえたからといって、急に元気になったわけではない。次の日から普通に生活できるようになったわけでもない。

それでも、何も受け取れなくなっていた自分の中に、まだ懐かしいと思えるものが残っていた。

同じ頃、『踊る大捜査線』のプロジェクトが再始動した。

『室井慎次 敗れざる者』と『室井慎次 生き続ける者』の予告を観たとき、少しワクワクした。そんな感情が出てきたのは、本当に久しぶりだった。

シリーズのリバイバル放送も観た。昔から当たり前のように知っていた登場人物や音楽に、懐かしさを感じた。

映画館へ行くことが目標になった

新作映画が公開された頃には、私はすでに社会復帰していた。

何も楽しみがなかった時期に、「この映画を観に行く」という予定ができた。映画館へ行ける状態まで戻ることが、社会復帰と生きるための目標になっていた。

そして実際に映画館へ行き、楽しみにしていた『室井慎次 敗れざる者』と『室井慎次 生き続ける者』を観た。

正直に言えば、映画はクソつまらなかった。

(この映画の感想は、また別の記事で書きます)

ただ、「つまらなかった」という感想を持てたことは、私にとって悪いことではなかった。

音楽を聴いても何の曲か分からず、好きなのか嫌いなのかさえ感じられなかった頃とは違う。作品を観て、自分なりの感想を持てるところまで戻っていた。

そして2026年、今度は青島俊作が主人公の『踊る大捜査線』が帰ってくる。主題歌も「Love Somebody(CINEMA Version)」だ。

もちろん、今回の映画がおもしろいとは限らない。

それでも私は観に行く。

「Love Somebody」が私を治してくれたわけではない。『踊る大捜査線』が人生を劇的に変えてくれたわけでもない。

ただ、何も楽しめなくなった時期に、「Love Somebody」だけは聴こえた。その直後、『踊る大捜査線』の再始動を知った。

何もなかった私の未来に、「映画を観に行く」という予定が一つできた。

そのタイミングが、当時の私に生きる希望をくれた。

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