今を生きる #5|何やってんだろう。

ブッヒー

これまでの「今を生きる」シリーズはこちら

新しい会社で働き始めてから、それほど時間はかからず、前の会社に戻りたいと思った。

7年以上いた会社を辞めて、自分で決めて転職したばかりなのに、すぐにそんなことを考えている自分が恥ずかしかった。ただ、前の会社を仕事ができなくなって辞めたわけではない。仕事そのものには愛着があったし、有給消化に入って1週間もすると、あれだけ負担に感じていた仕事ですら「またやりたいな」と思ったくらいだった。

新しい会社に入ってからは、何かにつけて前の会社と比べるようになった。以前はほとんど雨に濡れずに通勤できたのに、今度は雨の日には濡れる。帰宅する時間も比べるし、11時から20時までの勤務なのに「朝にドラマを見る時間もない」と感じていた。

今の自分なら、10時から仕事が始まっても朝にいろいろなことができるので、勤務時間だけの問題ではなく、当時はそれくらい何をするにも余裕がなくなっていたのだと思う。


この記事でわかること
  • 転職後も毎日出勤して仕事を続けていた一方で、少しずつ身体に変化が出ていたこと
  • きちんと仕事をしても報われない経験が重なり、仕事に意味を見いだせなくなっていったこと
  • 当時は自分の状態に気づかないまま、「何やってんだろう」と思うところまで追い詰められていたこと

会社に向かう足が重くなった

駅から会社へ歩いていると、とにかく足が重く、会社に行きたくなくて、まっすぐ向かえばいいだけなのに、わざと遠回りして少しでも到着を遅らせることもあった。

それでも会社には毎日行っていたし、この頃は眠れなかったわけでもなく、むしろ夜は爆睡していて、朝は起きられないくらいだった。当時は酒もほとんど飲んでいなかったものの、別に禁酒していたわけではなく、飲みたければ飲むくらいの感覚で、入社2日目の食事会でも普通に飲んでいる。

一方で、身体には別の変化が出ていた。やたらと目が乾き、口も乾く。

当時の私は単純に職場の環境の問題だと思い、「この職場、加湿器ないんだ」くらいにしか考えていなかったが、後に体調を大きく崩したときには、目も口も乾いて眠ることすらできない日がやってくる。

今振り返れば、この頃の乾燥もその序章だったのかもしれない。

やっても、やっても、意味がない

仕事自体はやっていた。

聞いていた仕事内容とは大きく違ったものの、「この転職を成功させないと意味がない」と思っていたから、新しい仕事として覚えようとしたし、実際に仕事もこなしていた。

でも、やればやるほど意味がないように感じるようになった。

インターネットから入った注文を確認して、レストランへ電話で発注内容を伝える。お客様から人数や注文内容の変更が入れば、それをまたレストランへ伝えるという仕事だった。

あるとき、同窓会の注文を担当した。

人数を確定する締め切りは事前に伝えていて、お客様から最終的な人数の連絡が来たのはギリギリではあったものの、まだ変更できる範囲だったので、私は変更後の人数をきちんとレストラン側へ伝えた。

ところが当日、実際に現場へ届けられた料理は、変更前の少ない人数分だった。

自分のところで情報を止めたわけでも、伝え忘れたわけでもない。必要な情報はすべて伝えているのに、その先でミスが起きた。

さらに、その日は私が休みだった。

私用のスマホには仕事のチームチャットが入っていて、そこに社員から「新人のミスだと思う」という趣旨の書き込みがあった。

もちろん、私のミスではない。

でも、その場では反論せず、見ていないふりをした。翌日会社へ行っても、結局誰のミスだったのかを気にする人はいなかったし、「新人のミスだと思う」と書かれたチャットが訂正されることもない。

休みの日、駅にいたときのことを今でも覚えている。

そのチャットを見て、手が震えた。

手の震え自体は初めてではなく、前年の6〜7月、前の会社で苦情対応をモニタリングしていたときにも出たことがあった。ただ、仕事をしている最中ではなく、休日に仕事のチャットを見ただけで手が震えたのは初めてだった。

それでも、このときの私は「精神的なものかもしれない」とは考えていなかった。

大雪の日も会社へ行った

ある日は東京に大雪が降った。

私は普通に会社へ行ったが、アルバイトは全員休んだ。

大雪なら無理をして出勤しないという考え方もあるし、今になってその判断自体を否定したいわけではない。ただ、前の会社ではアルバイトが辞めてしまうことや定着率について深く考え、人が足りなければどうやって現場を回すのかまで考えていた自分にとって、「全員休む」という状況は当時あまりにも理解できなかった。

前の会社では、人が足りないことも仕事が多すぎることも苦しかった。それでも自分で業務を改善したり、人を育てたり、少しでも現場を良くしようと考える余地があり、自分がやったことの先には何かが変わるかもしれないという希望があった。

新しい会社にも良いところはあった。仕事用のパソコンは用意されていたし、上司とは毎週1対1で話す時間もあり、前の会社よりいいと思う部分もあった。

それでも、仕事をすればするほど「これ、何のためにやってるんだろう」という感覚が強くなっていった。

今の仕事でも、すべての業務に意味を感じているわけではない。それでも、その先には希望の光があるし、自分で多少なりとも仕事の意味を作ったり、良くしたりできる。

あのときは、それが本当になかった。

今でも、もしあのとき違う会社へ転職していたら、自分が精神的にかなり追い詰められていることに気づかないまま働き続けていたのではないかと思うことがある。

弁当を食べながら泣いた

会社では、新しく販売する弁当が持ち込まれることがあり、余ったものを持ち帰れることがあった。

ある日、弁当を2個持ち帰った。

夕飯として1個目の弁当を食べていると、なぜか涙が出てきた。何か一つ悲しい出来事があって泣いたという記憶ではない。ただ、そのときに思ったことは覚えている。

「何やってんだろう。」

そして、そのまま2個目の弁当も食べた。

前の会社を辞めたことへの後悔は、すでにかなり大きくなっていた。それでも家族には前の会社を辞めたことすら話しておらず、新しい会社では毎日仕事をして、「この転職を成功させないと意味がない」と思い続けていた。

会社へ向かう足が重くなっても、目や口が乾いても、休日に仕事のチャットを見て手が震えても、自分が精神的におかしくなっているとは思わなかった。

ただ、夕飯の弁当を食べながら、「何やってんだろう。」と思って泣いていた。

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