今を生きる。#7|まだ、自分は元気だと思っていた。

ブッヒー

これまでの「今を生きる」シリーズはこちら

#1〜#3では、2023年4月から2024年1月までの、前の職場を辞めるまでの出来事を書いた。#4からは、2024年1月に転職してからの話を続けている。

今回は2024年3月、転職から約1か月半で、身体が動かなくなった日のことを書く。

ブッヒーこの記事でわかること
  • ある朝、身体が動かなくなり、初めて精神科を受診したこと
  • 適応障害と診断されても、自分ではまだ元気だと思っていたこと
  • 休職の連絡をしたあと、眠れない夜と強い恐怖に襲われたこと

本当に、動けなかった

ある朝、身体が動かなかった。

元気だった頃、こういう体験談を読んで「動けるだろ」と思ったことがある。起き上がって、準備をすればいいだけではないかと。しかし、自分がその状態になると、本当に動けなかった。

まだ転職して1か月半。会社の休み方さえ分からなかった。どこかに電話するのか、上司に連絡すればいいのか。ひとまず、上司へ一本チャットを入れた。

「逃げなきゃやばい」

そう思った。

新宿にある精神科の予約画面を開いた。#2で書いた、研修の朝に予約しかけた病院だった。あのときは受診しなかった。約半年ぶりに、同じ画面を見ていた。

今回は予約を取り、病院へ行った。初めて入る精神科は、どこか殺伐としていたように覚えている。

優しそうな年配の医師が話を聞いてくれ、適応障害と診断された。薬も勧められたが、私は断った。身体が動かず、病院まで来ているのに、まだ自分は元気だと思っていた。

休んで、次を探せばいいと思った

これでうまく休んで、新しい転職先を見つければいい。

頭ではそう考えていた。しかし、身体と心は追いつかなかった。

翌日、上司へチャットで人事とやり取りしたいと伝え、人事へ診断書の写真を送った。休ませてほしいと連絡したことを覚えている。

このとき初めて、親にも自分が病気のようだと伝えた。その後、東京の親戚の家で生活することになる。

その週だったと思う。土曜日には、倒れる前にチケットを取っていたイベントが二つあった。普段は元気でも、ライブへ頻繁に行くほうではない。それなのに当時は、先に楽しみを作っておかないと不安で、同じ日に二つも予定を入れていた。

一つ目のライブは、ほとんど記憶がない。とにかく眠かった。楽しみにしていたはずの場所で、眠気ばかり感じていた。

二つ目は知人と約束していたので行ったが、こちらもあまり覚えていない。少なくとも、楽しめる状態ではなかった。その人にも突然、病気と診断され、仕事を休むことになったと伝えた。

予定を入れたときの自分と、そこへ行った自分は、もう同じ状態ではなかった。

朝が来るのが怖かった

その後の月曜日だったと思う。今度は、眠れなくなった。

目と口が異常に乾いて、熱い。今まで感じたことのない状態だった。夜になっても眠れず、テレビをつけていた。

画面には、英語を流暢に話す人が映っていた。それを見て「英語も使えない自分に、就ける仕事はあるのか」と考え始めると、ますます不安が強くなった。

午前3時頃、眠れるようにと半身浴をしたが、収まらなかった。5時を過ぎて朝のニュース番組が始まると、さらに不安が募った。

6時頃、いつの間にか眠っていたらしい。睡眠アプリには、覚醒と表示される時間を含む、3時間ほどの記録が残っていたと覚えている。

9時頃に目が覚め、絶望した。

急いで薬をもらわなければと思った。しかし、今度は電車に乗ることすら怖かった。駅まで着いても、乗れないようなことがあった。知人にも、普段なら送らないようなメッセージを送っていたと思う。

それでも、なんとか新宿の医院までたどり着いた。

最初の医師が話を聞いてくれたのに対し、その日の医師は淡々としていた。自分がどれほど怖い状態にいるのかを話し、薬を処方された。

効いたのかどうかも、よく分からない。ただ、常に恐怖を抱いていたことは覚えている。

休職の連絡をして、まだ数日。ほんの2〜3日のことだった。

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