今を生きる #2|好きだった場所で、続けられなくなった。

ブッヒー

これまでの「今を生きる」シリーズはこちら

2023年9月、別のセンターへ研修に行く日があった。

その日の朝、会社に行く準備をしながら「休職しようかな」と考えたことを今でも覚えている。


この記事でわかること
  • 好きだった場所で、なぜ続けられなくなったのか
  • 仕事を続けたい気持ちと、心身の限界
  • 退職に至るまでの自分の感情

振り返ってみると、会社を辞めるまでの間で、休職という選択肢を本気で考えられたのはこの日だけだった。

6月頃から眠れない日が続き、仕事のことを考えながら朝を迎えることも増えていた。それでも会社には行けていたし、仕事もしていた。体調が悪いことは自分でも分かっていたけれど、働けている以上はまだ大丈夫だと思っていたし、自分が休むことで誰かに迷惑をかけることの方が気になっていた。

そんな自分が、この日だけは「もう休んだ方がいいんじゃないか」と思った。

それでも結局、休まなかった。

予定通り研修先へ向かい、研修を受けた。

不思議なことに、その日の研修が終わったあとの食事会は楽しかった。お酒も飲んで、会社の人たちと話して、ご飯を食べて、その時間だけは仕事のことも体調のことも忘れられた。

朝には休職を考えていた人間が、夜には普通に笑って酒を飲んでいる。久しぶりに、最大限に「普通」を感じられた時間だった。

それもあって、「やっぱり自分は大丈夫なのかもしれない」と思ってしまったのかもしれない。これだけ普通に話せて、笑えて、お酒も飲める。それなら病院に行ったり、仕事を休んだりするほどではない。単純に疲れているだけなんじゃないかと、自分に都合よく考えた。

今思えば、あの日が人生の分岐点となった。

あの日、休職という選択をしていたら、その後の人生は違っていたと思う。でも実際の自分は休むことを選ばず、予定通り研修へ向かった。

そして、ここからが我ながら笑えない。

休職を考えるほどの状態だったのに、その後も普通に出勤し続けた。それどころか、人が休めばその穴を埋める側に回ったし、年が明ければ正月にも出勤した。

体調が悪いから少し仕事を減らしてもらおうとか、自分のことを優先して休もうとか、そういう方向には進まなかった。むしろ最後まで「ちゃんと働く人」でいようとしていた。

誰かが休めば、自分が出る。人が足りなければ、自分がやる。正月だろうが、仕事なら出勤する。

当時の自分にとっては、それが社会人として当たり前のことだった。任された仕事はやるし、周りに迷惑をかけないようにする。それまで長く働いてきた中で身についた考え方でもあったから、自分がおかしなことをしているという感覚もなかった。

むしろ「休職したい」と思った自分の方を、なかったことにしていたのかもしれない。

真面目に働いていれば何とかなると思っていたし、目の前の仕事を一つずつこなしていれば、いつかこのしんどさも終わると思っていた。

でも、終わらなかった。

今振り返ると皮肉だと思う。会社を休むことを考えるほど追い詰められていた人間が、その後一度も休職せず、他人が休めばその穴を埋め、正月まで出勤して、最後まで真面目に働いた。

もちろん、真面目に働いたから病気になった、なんて単純な話ではないと思う。会社だけがすべて悪かったとも思っていない。

ただ、自分の経験から一つだけ言えるとしたら、真面目であることが必ずしも自分を守ってくれるわけではない。

むしろ真面目だから休めない。真面目だから人の穴を埋める。真面目だから「自分だけ休むわけにはいかない」と考える。そして周りから見れば普通に働いているから、本当に限界が来ていることにも気づかれにくい。

あの頃の自分は、まさにそれだった。

2023年9月のあの日、自分の中には確かに「休職する」という選択肢があった。それを選ばず研修へ行き、お酒を飲んで久しぶりに普通を感じ、そのまま仕事に戻った。

その後も休職することなく、人が休めばその穴を埋め、正月にも出勤した。今までと変わらず、真面目に働き続けた。

結果、自分は奈落の底に落ちた。

好きな場所で、続けられなくなった。

少なくとも自分にとって、あの頃を振り返るとこの言葉が一番しっくりくる。

今振り返って思うこと

1.「普通にできる」と「大丈夫」は違う

この日の自分は、朝には休職を考えていたのに研修を受け、夜にはお酒を飲んで笑っていた。

その瞬間だけを見れば普通だったと思う。でも、普通に振る舞えることと心や身体が大丈夫であることは別だった。

あの食事会で久しぶりに「普通」を感じられたからこそ、自分はまだ大丈夫だと思ってしまった部分もあったと思う。

2.真面目さは自分を守ってくれるとは限らない

仕事を休まないこと、人の穴を埋めること、正月にも出勤すること。当時の自分にとっては、どれも特別なことではなく「ちゃんと仕事をする」というだけのことだった。

今でも仕事を真面目にやることが悪いとは思わない。ただ、自分を削ってまで真面目であり続ける必要はなかった。

会社の仕事には代わりがいても、自分の人生に代わりはいない。

3.あの日が人生の分岐点となった

長い間働いてきて、休職を本気で考えられたのはこの日だけだった。

それでも自分は休まず研修へ行き、その後も働き続けた。

もしあの日に休職していたらどうなっていたのか、今となっては分からない。でも、自分にとってあの日が人生の分岐点となったことだけは間違いないと思っている。

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